新在家の石造五輪塔/市登録文化財

更新日:2026年04月20日

新在家の五輪塔

名称

石造五輪塔(せきぞうごりんとう)

数量

1基

種類

建造物

材質及び技法

石造、竜山石(流紋岩質溶結凝灰岩)製

寸法

寸法/高さ 223.0cm
(基礎 高さ56.0cm 縦横各78.3cm、塔身 高さ61.0cm 最大径79.0cm、
笠 高さ48.5cm 縦横各72.8cm、宝珠・請花(一石) 高さ57.5cm 最大径44.6cm)

時代

製作時期は、室町時代前期の15世紀前期とみられる。

登録年月日

令和8(2026)年3月10日

所有者及び所在地

所有者 新在家町内会

所在地 平岡町新在家786番地の4

解説

 この石塔は、西国街道(江戸時代の山陽道)沿いの北側に建ち、江戸時代の『播磨名所巡覧図会』に「新在家ノ古塔」として載るなど、よく知られている大型で重厚感のある中世の石造五輪塔です。
 材質は、この地域で採れる竜山石(流紋岩質溶結凝灰岩)の中でも良質なものとみられます。塔の高さは223.0cmで、基礎(地輪)の上に最大径が79.0cmに及ぶ塔身(水輪)があり、その上に一辺72.8cmと塔の大きさに比べ広がりがないが四注の勾配が強い笠(火輪)、さらにその上に一石でつくられた請花(風輪)と宝珠(空輪)があります。宝珠の最大径は40.3cm、請花の最大径が44.6cmと塔の大きさに比べて大きなもので、塔身と合わせて、この塔に重厚感を与えている。塔の四方種子は、塔身にのみ刻まれていて、北東面に「バ」、南東面に「バー」、南西面に「バン」、北西面に「バク」があり、大きさは縦横各約12cmから14cmで、書体は簡素なものです。
 この塔の記録として、文化元(1804)年の『播磨名所巡覧図会』に「新在家ノ古塔、傍らに松樹を四五本うへて事ふりたり故ある人の古墳なるべし郷人云後深草ノ院建長六年に薨ぜられし足利左馬ノ頭義氏の墓なりと云」とあり、鎌倉幕府を支えた足利義氏(1189-1254年)の墓と伝えています。
 一方、『加古郡誌』に載る近接する横蔵寺の天和2(1683)年に補記された「寺記」には、この石塔の記述と考えられるものとして「彼勤堂前有五輪浮図。傳道義氏将軍古祠。」とあります。そこに見える「道義」の文字が室町幕府三代将軍足利義満(1359-1408年)の法名であることから、この塔が、義満の供養塔として伝えられたものではないかとも考えられています。
 地蔵堂と呼ばれる建物の前に建つこの塔の周囲には、中世後期から近世前期頃までの小型の石塔の残欠が集められていて、街道を挟んで南にある塚を含め、宗教的空間を感じさせています。
 室町時代につくられ、江戸時代には名所のひとつとなり、現在も多くの人々が行き交う西国街道沿いに建つこの石塔は、大型の石造五輪塔として造形の規範となっているとともに、街道の名残りを示す風景の中で、歴史的景観に寄与するものです。

この記事に関するお問い合わせ先

担当課:文化財調査研究センター
郵便番号:675-0101
住所:加古川市平岡町新在家1224-7(中央図書館2階)
電話番号:079-423-4088
ファックス番号:079-423-8975
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