石造地蔵菩薩立像(胴切れの地蔵)/市登録文化財

名称
石造地蔵菩薩立像(胴切れの地蔵)(せきぞうじぞうぼさつりゅうぞう(どうぎれのじぞう))
数量
1軀
種類
彫刻
材質及び技法
石造、竜山石(たつやまいし、流紋岩質溶結凝灰岩)製
寸法
像高(頭頂-足下)68cm、髪際高(髪際-足下)64.5cm、総高(石材高)101cm
時代
不詳、室町時代後期-江戸時代前期(16・17世紀)頃と考えられる。
登録年月日
令和7(2025)年3月6日
所有者及び所在地
所有者 平野町内会
所在地 加古川町平野178番地
解説
加古川宿の東の境を流れる庄内川或いは西の川と呼ばれる水路と西国街道(近世山陽道)とが交差するところに建つ地蔵堂に安置されている石仏です。
高さ100cm余りの竜山石の石材に、右手に錫杖を持ち左手で宝珠を胸前に捧持する地蔵菩薩を半肉彫りしたもので、やや重厚感がある自然な体軀をしています。全体に経年による磨滅と損傷があり、特に腹部で上下に割れていることが目立ちます。その他、右頭部が損傷し一部欠失しています。作者は不明です。
この石仏には、「その昔、このお地蔵さんを深く信仰していた人が、うっかり西国街道を通る大名行列の前を横切ったため、お供の侍の無礼打ちにあい、胴体を真っ二つに切られてしまいました。ふと気がつくと何事もなく無事でした。辺りを見回すと、普段お参りしているお地蔵さんの胴が二つに割れていました。それ以来、地蔵さんが自分の身代わりになって下さったと、一層深く信仰するようになった。」という伝承があり、「胴切れの地蔵」として昔から多くの人々に親しまれ信仰を集めています。
太平洋戦争終戦前後までは敷地に建つ藁葺きの小屋に住む「堂守りさん」に世話されていましたが、現在は、地元の人が世話をしていて、地蔵盆では600人以上の参拝者があります。
また、『中国行程記』(1764年)に、この位置に「地蔵」の表記があり、石仏の劣化状況と合わせて考えて、この地蔵は、18世紀中頃にはよく知られていたと考えらます。
現在、地蔵堂付近は、人々の往来の多い街中にありながら、旧街道、水路及び煉瓦建物が一つの景色の中にあり、近世・近代の加古川の風景をよく伝えているところでもあります。
この地蔵石仏は、近世の加古川宿及び加古川の近代化の風景の中で、身代わり地蔵の伝承とともに、西国街道の賑わいの様子をよく伝えるもので、歴史上の意義を有するものです。
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更新日:2025年04月04日