鶴林寺の天台十大師図/市指定文化財

更新日:2026年07月30日

鶴林寺天台十大師図

名称

天台十大師図(てんだいじゅうだいしず)

数量

10幅

種類

絵画

材質及び技法

各 絹本著色、軸装

寸法

(左一)竜樹大師像 縦92.2cm 横37.2cm
(左二)慧聞(文) 大師像 縦92.2cm 横37.3cm
(左三)天台大師像 縦91.1cm 横37.2cm
(左四)南岳大師像 縦92.3cm 横37.0cm
(左五)章安大師像 縦92.3cm 横36.9cm
(右一)妙薬大師像 縦91.6cm 横37.1cm
(右二)伝教大師像 縦91.7cm 横37.0cm
(右三)弘法大師像 縦91.2cm 横36.9cm
(右四)慈覚大師像 縦92.0cm 横36.8cm
(右五)智証大師像 縦91.5cm 横37.1cm

時代

各 室町時代 宝徳4(1453)年

指定年月日

平成13(2001)年4月12日

所有者及び所在地

鶴林寺(加古川町北在家424番地)所蔵

解説

 これらの画幅は、インド、中国そして日本の天台宗の高僧を描いたものである。 左一から右五までほぼ年代順に、竜樹・慧文・慧思・智ぎ・灌頂・湛然・最澄・空海・円仁・円珍の10人の高僧を描いたものである。このような天台の高僧の画像は、加西市一乗寺の平安時代の仏画で国宝に指定されている「聖徳太子及び天台高僧像」で竜樹・善無畏・慧文・慧思・智ぎ・灌頂・湛然・最澄・円仁・聖徳太子の10人を描いたものがあるものの、珍しいものである。
弘法大師の牀座が四足であったりするものの、それぞれの大師は、印を結んだり持物を持って方形の座に坐した形で表現されている。また、画面上の三区画の色紙形にはいずれも賛が記されていない。
 近年の修復に際し、竜樹大師像と智証大師像の本紙の裏に、墨書が確認され、宝徳4(1453)年に制作されたものであることがわかった。
 この画幅に描かれた天台十大師を、簡単に記しておく。
 竜樹は、3世紀はじめのインド大乗仏教の基礎を確立した最大の学僧で、日本では天台宗など八宗の祖師とされる。
 慧聞大師とあるのは、中国南北朝時代つまり6世紀の僧慧文で、中国天台宗の初祖とされる場合がある。
 天台大師(538-597)は、六世紀の中国天台宗の祖である僧智ぎで、一般に天台大師と称する。 智ぎは、慧文・慧思の相承から第三祖ともされる場合がある。
 南岳大師 (515-577)は、智ぎの師である僧慧思で、慧文に継いで中国天台宗第二祖とされる場合がある。
 章安大師(561-632)は、智ぎの弟子で中国天台宗第二祖とされる灌頂である。
 妙薬大師(711-782)は、智ぎを初祖とする中国天台宗六祖で中興の祖とされる荊溪大師とも称される僧湛然である。
 伝教大師最澄(767-822)は、唐から帰朝後、比叡山を中心に天台密教を開いた
日本天台宗の祖である。
 弘法大師空海(774-835)も、唐から多くの密教の法を招来し、日本で真言宗を
開き、高野山で寂した。
 慈覚大師円仁(794-864)は、延暦寺第三世座主で、天台宗山門派の祖である。
 智証大師円珍(814-891)は、延暦寺第五世座主で、天台宗寺門派の祖である。
《竜樹大師像裏書》
旹宝徳四季孟夏下旬沙門明村書(不明)
竜樹菩薩十鋪之内
《智証大師像裏書》
旹寳悳肆季梅雨旬沙門明村書
鄉里丹後州其後洛陽東山(一文字不明)住之粟田口氏(不明)
行年三十七春(不明)
智證大師十鋪之内

この記事に関するお問い合わせ先

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